抗がん剤


日本人の死亡理由の3分の1はガンといわれています。
ガン細胞は正常な自身の細胞とほとんど違いが無いため、がん細胞を特異的な薬剤を作ることは難しいとされてきました。
(現在、数種類ですがガン細胞を特異的に攻撃する薬剤も開発されています。)
抗がん剤の多くは、細胞分裂の盛んなガン細胞の方がよりダメージを受けることを利用しています。
したがって、正常細胞も、特に細胞分裂が盛んな造血細胞や毛根細胞がダメージを受けます。
抗がん剤治療は副作用が大きくてつらく、感染症を引き起こしやすい、髪の毛が抜けるというのもこれが原因です。


シスプラチン

シスプラチンは1960年、ローゼンバーグという人が白金電極付近で大腸菌の増殖が抑制されることを観察したことにはじまります。
構造は極めて簡単な白金の錯体です。
  (シスプラチンの構造)
     
シスプラチンはDNA上の二つの塩基と反応してくっついてしまいます。
言うまでもなく、DNAには生命に必要なプログラムが書かれていますが、こうなってしまえば、コピー時にエラーが生じ、その細胞は死滅してしまう訳です。
シスプラチンは多くの癌の治療に用いられています。

ただし、シスプラチンは腎毒性が強く、つらい薬剤だそうです。
腎毒性が軽減されたカルボプラチンが開発されました。
ガン細胞の中には、抗がん剤を汲みだしてしまうという耐性株も存在しますが、これに対して対抗できるのがミリプラチンだそうです。
いずれもDNAの構成塩基であるグアニン、アデニンのN-7位に結合するという抗癌性の機構は同じです。
 

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ダウノルビシン

放線菌から単離されたダウノルビシンは小児がんはじめ多くのがん治療に用いられています。
ダウノマイシンとも呼ばれます。

下は、二本鎖DNAに取り込まれたダウノルビシンです。


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挿入されている部分を拡大してみました


アントラサイクリン系抗生物質にはアミノ糖が結合していますが、これのアミノ基はDNAと結合を作るときに重要で、ホルムアルデヒドを介して塩基と共有結合を形成します。
つまり、アントラサイクリン部分はDNAに固定する錨のように使われ、結合に関与するのはアミノ糖部分ということになります。


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アクチノマイシン

アクチノマイシンは1940年にSelman A. WaksmanとH. Boyd Woodruffにより放線菌Streptomyces antibioticusから発見された抗癌作用を有する最初の抗生物質です。
特定の小児ガンを除き、毒性が強く、もっぱら研究用試薬として使用されています。

アクチノマイシンもDNAに作用します。


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ネトロプシン

ネトロプシンは、ストレプトミセス・ネトロプシス(Streptomyces netropsis)より得られた抗生物質です。

X線結晶解析ではものの見事にDNA minor groove(副溝)に挿入されます。



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ディスタマイシン


よく似た構造にディスタマイシンがあります。
ディスタマイシンもDNAの副溝に結合し、その働きを阻害することによって抗ガン活性を示します。





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デュオカルマイシン

デュオカルマイシン Aはディスタマイシンと比較して分子内にシクロプロパンを有する複雑な構造をしています。
官能基をやや単純化したデュオカルマイシンSAも抗がん剤として期待されています。

下はデュオカルマイシンSAがDNAの副溝に結合した様子です。
この化合物の場合、PDBに登録されているデータはNMR測定によるものでした。


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デュオカルマイシンのシクロプロパン環はDNAと反応して共有結合を作ってしまいます。
従って抗ガン活性に重要な官能基です





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マイトマイシン C

マイトマイシンは協和発酵のグループによって単離された、実際にも臨床で用いられている抗ガン剤です。
結晶は紫色だそうです。
「入院したら家族が急に優しくなって、点滴の色が紫色になった」ら覚悟しなければいけないのかもしれません。

マイトマイシンのキノン環は生体内注でハイドロキノン型に還元されます。
この還元反応が、メタノールの脱離を促進させ、マイトセンを与えます。
マイトセンのカルバモイル気、アジリジン環の二か所がDNAと反応し、二つのDNA鎖を共有結合でつないでしまい(closs linking)、DNAの分裂を完全に阻止してしまうことで抗ガン活性をもたらすと考えられています。

現在まで二本のDNAと結合した構造はプロテインデータバンクに登録されていません。
カルバモイル基、アジリジン環部分でそれぞれ反応した構造が報告されています。


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ネオカルチノスタチンクロモフォア


これまでに紹介した抗ガン剤は「アルキル化剤」と呼ばれるDNAを求核剤とした求核置換反応により、DNAをアルキル化するものでした。
放線菌が生産するネオカルチノスタチンクロモフォアはDNAの近傍でラジカル種を発生させて、DNAを選択的に破壊する薬剤です。
この物質は、環の中に三重結合や二重結合を含む歪んだ構造をしており、エンジイン抗生物質と呼ばれます。

三重結合ではその両側の炭素をあわせて直線的に並ぶように配置するとき最も安定になります。
しかしネオカルチノスタチンクロモフォアのエンジイン環では、環構造のため三重結合が湾曲した歪んだ形になっています。
これにチオールが反応することにより、エンインクムレン構造となりさらに不安定化してBergman 環化反応が進行してビラジカル構造を与えます。
この反応はDNAの付近で起こります。従って生じたビラジカルがDNAデオキシリボースの5位水素を引き抜いてしまい、引き抜かれたデオキシリボース環は3位リン酸エステルの脱離を誘導、DNA鎖が破壊される。
という複雑な反応により抗ガン活性がもたらされるといわれています。

下は環化生成物とDNAとのコンプレックスです。
あいにくデオキシリボースの水素は抜けていない模様です。


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こんな感じでデオキシリボース5位の水素を引き抜いているのかなと想像します。


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このようにネオカルチノスタチンクロモフォアは非常に不安定です。
本線菌の中ではアポタンパクの中で、チオールの攻撃から守られています。


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ブレオマイシン

ブレオマイシンもラジカル種を発生させてDNA鎖を破壊します。
ただ、ラジカル種がネオカルチノスタチンクロモフォアと異なり、ヒドロキシラジカルを発生させるということです。

ラジカル種を発生させているのはコバルトです。ブレオマイシンの中心部にはコバルト原子が見えます。
\ネオカルチノスタチンクロモフォアでは発生したラジカル種が直接デオキシリボース環の4位水素を引き抜いていましたが、ブレオマイシンの場合、二つの並んだチアゾール環がDNAに挿入されて固定され、本体部分からヒドロキシルラジカルが発生して、これがデオキシリボースの4位水酸基を引き抜くという機構です。
下のX線構造では、一本のDNA鎖は、切断されてしまっています。

二つの並んだチアゾリン環はDNA二本鎖に錨を下ろすように挿入されています。


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イマチニブ

これまで紹介した抗ガン剤はいくつかの方法でDNAそのもの、或いはその機能を破壊することでガン細胞にダメージを与えるという方法でした。
この方法では、正常な細胞と区別してがん細胞を選択的に破壊するということは、根本的に難しく、ガン細胞は細胞分裂が盛んな為、よりダメージを受けるという考え方でした。
従って、正常細胞もダメージを受け、吐き気や感染症になりやすくなる、脱毛などの副作用を軽減することはなかなか難しいものでした。

イマチニブはあるがん細胞特有なタンパク質を標的にした、ガン細胞選択的抗ガン剤です。
イマチニブは慢性骨髄性白血病の治療薬です。

慢性骨髄性白血病ノ患者の多くは、9番目と22番目の染色体の転座により新しく生じた、フィラデルフィア染色体と呼ばれる以上染色体が見られます。
フィラデルフィア染色体では9番目遺伝子のablという遺伝子と、22番目のbcrという遺伝子が融合したBcr-Ablというキメラタンパク質が生まれてしまいます。
オリジナルのAblというのはチロシンキナーゼでインターロイキン3をリン酸化します。リン酸化されたインターロイキン3は細胞分裂時に必要なエネルギーを提供します。
22番目染色体bcr遺伝子の機能は解っていませんが、Bcr部分が結合したBcr-Ablというタンパク質はオリジナルのチロシンキナーゼの活性は維持されますが、キメラ化により、オリジナルよりも高い活性になってしまいます。
その結果、インターロイキン3はどんどんとリン酸化され、細胞分裂時のエネルギー供給が増え、どんどん細胞分裂が起きてガン化するわけです。

まず、Ablチロシンキナーゼの働きを見てみましょう。
インターロイキン3のモデルペプチドがATPアナログと反応する様子を観察することができます。

Bcr/Ablキメラタンパク質では少しだけ構造が変わっています。
(反応部位が判るようにAblタンパク質には基質も表示しています。


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このBcr-Ablタンパクを分子標的にして、これを選択的に阻害することができれば、副作用のない抗ガン剤になるわけです。
2001年にノバルティス社がbcr/ablキナーゼのみに作用する薬剤イマチニブの開発に成功しました。

Ablタンパク質にイマチニブが挿入された複合体を示します。


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イマチニブの商品名はグリベックで、世界初のガン細胞特有なタンパク質を阻害する分子標的薬となりました。
グリベックの売り上げは世界中の医薬品の中で22位に位置し、30億ドルを超えています。
慢性骨髄性白血病という一つの症状に用いられること,即ち患者の数を考えるとを考えれば、如何にすごい数字かわかります。

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