回転異性体

通常、配座異性体間の障害エネルギーは比較的小さく、分子は室温でほぼ自由にその障壁を乗り越えることができるため、配座異性体を区別したり、分離したりすることができません。
しかし、構造によっては配座間の障害エネルギーが大きくなり区別することができることがあります。これを回転異性体と呼びます。
たとえば1,1'-ビナフトールの回転異性体は、その回転障壁が大きく、それぞれ別の物質として分離可能です。この場合、鏡像の関係にあり、それぞれ右ねじの関係の場合P-異性体(プラスの意味)、左ねじの関係の場合M-異性体(マイナスの意味)と呼びます。
野依良治先生のノーベル賞受賞とも大きく関係する分子です。1,1'-ビナフトールを配位子として用いると、不斉炭素を持たない試薬の環境が不斉になり、高いエナンチオ選択的反応を行うことが可能です。

 
回転異性体を分離可能にするほど回転障壁が大きくない場合で、比較的回転障壁が大きいアミド結合などでスペクトル上で区別できる場合もあります。
N,N-dimethylacetamideの場合、H-NMRで、メチル基はカルボニル基の近い側と遠い側とで分離され、二本になって現れます。
このC-N結合の回転が十分に速ければ、二つのメチル基は同じ化学シフト(平均値の化学シフト)に現れ、区別することはできません。
H-NMRスペクトルでは回転速度の十分に速いメチル基の3個のプロトンシグナルが同じ化学シフトとして観測されるように、アミド結合も十分に回転速度が速い分離されず、二つのシグナルの平均の化学シフトとして観測することとなります。



アルカロイドやペプチド合成ではBoc(tert-butoxycarbonyl)基やCbz(benzyloxycarbonyl)基を保護基として用いますが、回転障害が中途半端なため、配座異性体もが中途半端な区別され、非常にブロードなシグナルとなって非常に読みにくいスペクトルを得て悲しい思いをすることが時々あります