INADEQUATEスペクトルの測定

 炭素のほとんどは中性子6個からなる12Cです。NMRで測定できるのは中性子7個からなるその同位体13Cのみです。その存在確率は12Cの100分の1で、13C-NMRスペクトルという測定法は感度の点では効率がよいとはいえません。実際の感度もプロトン核の100分の1程度です。測定回数でノイズを減らすことはできますが、ノイズは

              シグナル/ノイズ比 = (スキャン回数)1/2

 で現されるため、スキャン数で感度を稼ごうとすると、プロトンNMRの1万倍の測定時間が必要になります。


炭素同士のつながりをNMRで観測しようとした場合、その二つの炭素は共に13Cでなければなりません。
13Cが隣に並ぶ確立はというと(100分の1)の二乗となりますので1万分の1の確率となってしまいます。したがって炭素のつながりをNMRで観測しようとした場合、通常のプロトンNMR測定と比較して、1億倍スキャンをしなければならなくなります。このようなことから、実際には不可能だということで炭素同士のつながりを観測する方法は不可能だという意味からINADEQUATE (Incredible Natural Abandance Double Quantum Transfer Experiment)と呼ばれています。

ところで、われわれのlambertellolへのラベル酢酸の導入率は、非常に高いものでした。
実は、ラベル化率が高すぎで正確な取り込み率を求めるのに苦労するほどでした。下にはスペクトルを示しましたがわれわれのスペクトルでは、通常な状態で見られるシグナル(中央のシングレット)はほとんど見えなくなっています。右には文献で見られるダブルラベル酢酸を加えて得られるスペクトル(この場合2%ほどの取り込み)と比較しても、ラベル化によって導入されたダブレットシグナルの強度が極端に強くなっていることがわかります。

 スペクトルの詳細を解析すると、このときの取り込み率は約6%であることがわかりました。この場合、単純計算で言うと、ラベル酢酸が並んで二つはいる確率を考えると0.036%ということになるはずですが、スペクトルの解析では、並んでラベル酢酸が入った確率はもっと大きいものであったことがわかりました。
 この結果は、途中まではもっと取り込み率は高かったけど、途中で添加したラベル酢酸がなくなってしまったために取り込み率がその後低下したと考えればうまく説明することができます。
 

 実際に培養時間を短くした場合、取り込み率は劇的に向上し、取り込み率の計算が困難になるほど高取り込み率を実現しました。ここで強調したいのは、培地には酢酸の原料となる蔗糖が2グラムも入っている培地にわずか20ミリグラムのラベル酢酸の添加で行ったということです。

この条件での取り込み率を求めようとシングルラベル酢酸添加で培養を行いましたが、ラベル化が高すぎ、非ラベル位の炭素シグナルの相対強度が小さく(実際には見えない)
13C-NMRスペクトルではラベル化率は算出できませんでした。実際には、プロトンNMRスペクトルでの13Cサテライトとの積分比、マススペクトルのアイソトポマー分布から計算しました。

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 求められたラベル化率は40%とこれまでの報告にないくらい高いものでした。通常の天然物と比較して40倍13Cが入っていることになります。単純計算では、13Cが並んでいる確率は通常の天然物と比較して1600倍高いことになります。積算回数にすると、250万分の1で行えることになります。
得られたlambertellol Aは0.5ミリグラムですが、このサンプルでINADEQUATEが測定できないかと考えました。測定できれば、ものすごいことです。なぜなら、ラベル実験を行ってもINADEQUATEを報告している例では60ミリグラムというものが最少量だったからです。
 答えは、測定できました。今まで予想した生合成ルートを支持するものでした。



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