HNNRでシフト差の小さいシグナル同士のNOEが見たい

立体化学を議論する時、NOE(核オーバーハウザー効果)は非常に効果的です。PFG(パルス磁場勾配)を利用した二次元NOESYでは、短時間で測定を完了させることができるようになりました。
しかし、化学シフトが近い者同士のNOEを観測しようとすると、強い対角シグナルに埋もれてしまい、よほど強いNOEがない限りなかなか難しいものです。

下は、ある化合物のNOESYスペクトルを示したものです。1.03ppmと1.07ppmのシグナル間にNOEが観測されれば想定した立体化学が証明できます。
しかし、観測したいNOESYシグナルは強い対角ピークに埋もれて全く議論できませんでした。バカの一つ覚えで分解能を高くしてみようとF1軸側を4K pointにまであげてみました。積算も時間の許す最大まで行いました。またフーリエ変換時の窓関数をいじくってみましたがmいずれも改善することはできませんでした。
(パソコンの能力が高くなったと実感します。現在のパソコンでは 4K × 2K の二次元スペクトルはストレスなく扱えます。)


そこで、1次元で測定したらうまくいくのかと思い挑戦してみました。
通常1次元でNOEを測定する場合、オーソドックスな差NOEスペクトルと磁場勾配法を利用したPFG-1D-NOESYが用いられます。
前者ではシグナルの消え残りの問題があり、これまでの経験から解析に十分なクォリティーを得るには数百回以上(最低でも512回?)の積算が必要で、一晩に1−2箇所の測定ができれば十分といった感じでした。
最近、我々の研究室でもPFG-1D-NOESYの利用が可能になりました。やってみると、10ミリグラム程度サンプルがあれば16回の積算で十分のクォリティーでした。同じサンプルを512回積算してみましたが得られた二つのスペクトルに大きな差が見られませんでした。


当然のことですが、実際の測定では、消え残りの心配のないPFG-1D-NOESYを最初に選択しました。
いちばん左の1.07ppmのシグナルを励起させ、スペクトルを測定しました。


残念ながら、近くにある目的シグナルも同時に励起されてしまいました。励起パルスのパワーをどんどん小さくしていきましたが、測定後得られるスペクトルの強度が減少(実際にはノイズが増大)するだけで、選択励起はできませんでした。

NMR装置が更新される以前(A400)では、このくらい離れたシグナら十分にNOEは観測されたのに、、、、と思い、メーカーにクレームをつけようかとも思っていました。
A400の時との違いは、「以前はPFG法ではなく、通常のNOE差スペクトル」であったことを思い出し、早速測定してみました。

案の定、16回の測定では、シグナルの消え残りが大きすぎで解析できませんでした。GWということもあり、12時間ほど積算してみました。
照射パワーはデフォルト(80DB)より小さくして(84DB)測定しました。

結果はうまくいき、目的のシグナルにNOEを観測することができました。
ここでの結論は「磁場勾配法は選択励起が得意でない」ということです。

理論を理解しないことがいけないことを解ったうえで、
「では通常のNOESYなら相関を見ることができるのでは」と思いやってみました。
測定はほぼデフォルトのままで、混合時間だけ800msecに設定して、F2側を4096point、16回積算で測定を行いました。
90度パルスはすべて、デフォルトに書き込まれたもの(11.5 μsec)を用いているので、条件これまでの測定条件と大きな違いはないはずです。

予想は的中し、目的のNOESYシグナルを強く観測することができました。(対称化、ベースライン補正をする前のスペクトルです。)



シグナル強度が小さければ難しいのかもしれない。もしかしたら積算によって解決できる問題かもしれないと期待している。
NOEを観測したいということでも、測定法によって、得て不得手があるということを実感しました。